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2010年9月19日 (日)

朝日に名指しで喧嘩売られたんだから・・・戦え、鳥越君!

 白鵬が54連勝達成。偉業のわりには地味な報道は、ちょっとかわいそうかも。相撲協会と暴力団とのズブズブの関係が何も解決しないままなんだから、ま、仕方ないか。公益法人にこだわって付け焼刃の改革なんかやってると、そのうち神事としての相撲本来の姿が希薄になって、ただの力自慢のぶつかりあいというつまらないスポーツになっちゃうよ。

 スッカラ菅君が記者会見で、「どこのグループを外すとかは全く念頭になく、客観的にもそんなふうに見えないと思う」なんてほざいたようだが、とうとう自分自身を客観視することもできなくなっちゃたようだね。それとも、国民をバカにしてるのか!?

 「ノーサイド」なんてこと言っちゃって、ラガーマンの反感買ってるようだけど、本当にこの御仁は、「巧言令色、鮮し仁」って言葉がお似合いだ。もっとも、「巧言令色」というには言語感覚は恐ろしく不毛だが、誠実さに欠けていることは人後に落ちない。どなたかが、菅ポチ内閣と喝破していたが、ワンフレーズソーリのポチさ加減に勝るとも劣らない腰砕けぶりは市民運動化の成れの果てと言うにはあまりにも哀しすぎるぞ。

 ところで、朝日の社説ブログが、押尾判決を取り上げていたので、嫌だけどちょいと呼んでみた。「市民の力が発揮された」という見出しから、芸能人の裁判といえども、様々な報道に影響を受けることなく、毅然とした判決を導き出した裁判員(=市民)へエールを送っているのか、と思っていた。ま、大筋は当たっていたのだが、

(これより引用)

 事件報道のあり方は裁判員法の制定のころから論点の一つになっていた。日本新聞協会などは、法律で規制することに反対する一方、取材・報道ルールを見直した。法曹界も、あくまでも証拠に基づいて結論を出すよう裁判員を導くことが自分たちの重大な使命であると確認し、審理の進め方や立証活動の改善に取り組んだ。
 いまの報道に反省すべき点がないとは言わない。だがこうした議論と実践、そして何より、責任感をもって事件に向き合った裁判員が、この日の判決を導き出したといえよう。
 市民の力を信じる――。

(引用おわり)

  というあたりから、朝日の社説ブログの本領が発揮される。その肝は、「市民の力を信じる」にあったのだ。これに続いて、唐突に、

(これより引用)

 ごく当たり前の話なのに、それを軽んずる姿勢が、社会的立場の高い人の言動に垣間見えることがある。
 裁判員と同じく一般の市民がかかわる検察審査会制度について、小沢一郎氏が「素人がいいとか悪いとかいう仕組みがいいのか」と述べたのは記憶に新しい。ジャーナリストの鳥越俊太郎氏は新聞のコラムで「“市民目線”と持ち上げられてはいるが、しょせん素人の集団」と書いた。
 もちろん市民の判断がいつも正しいとは限らない。個々の疑問や批判はあっていい。だが市民への信頼を抜きにして、私たちの社会も制度も、そして民主主義も成り立たない。

(引用終わり)

 と、テーマは検察審査会とその判断に疑問を投げかける声の批判となる。そっか、これが言いたいがために押尾判決を持ち出したわけね。でなければ、「高尚・高潔」な大朝日の社説がいち芸能人の裁判判決を取り上げたりはしないもんな。それにしても、訥弁・鳥越君もいい迷惑だろうね。鳥越君、喧嘩売られたぜ。こうなったら、同じ土俵に引きずり出して、検察審査会のみならず、官房機密費なんかも含めて、朝日と戦ってくれないかな。そろそろ、TVでも本音で語る時期なんじゃないか。

 そもそも、裁判員制度と検察審査会を一緒くたにして論じていることが、この社説まがいのヨタ原稿の大きな間違い。まずは裁判員には匿名性が希薄だ。押尾判決でも裁判員は記者会見に応じている。判決を下すということの、それが最低限の責務。しかし、検察審査会には匿名性は担保され、記者会見すら開かれない。ましてや、小沢君の件に関しては、告発人すら明らかにされていない。ま、マスメディアが書かないだけで、謎の市民団体とやらの正体はわかってるけどね。

 検察審査会があたかも市民目線であるかのように言うのであれば、そのメンバーの構成くらいは発表しなくちゃね。そして、審査会のメンバー選考のためのプロセスを可視化すること。それすらやってないわけだから、正体不明の「市民」(=シロート)なんかに僕だって審議されたかない。

 裁判員と検察審査会という条件の違う制度を比べて、「シロート」だからという共通項だけで、検察審査会の正当性を語ること自体、詭弁を弄したうえの世論操作なんじゃないの。ジャーナリズムを気取りたいなら、「世論操作」でなく「世論啓蒙」にこそ腐心してほしいものだ。

 もうひとついえば、検察審査会は、検察の出した結果について審査してるんだからね。被告を審査してるんじゃないんだよ。そして、地検特捜部が30億という税金使って1年以上かけて捜査した結果、不起訴となったことを忘れちゃ困る。ここまでの捜査を、「シロート」が「市民目線」で見直して、不起訴を起訴にもっていくことができるなら、そんな司法のあり方自体危険だと思うけどね。

 さらに、検察審査会は、被害者のいる事件で、被害者もしくはその家族が検察の結論に納得いかない時に、その心情を救済するために開かれるのが本来の目的だと思う。だから、小沢狂想曲における謎の市民団体の告発は、それ自体有効性があるのかどうかも本来疑わしい。検察の結論に関して、誰も彼もが告発できるなんてことはないんだからね。だからこそ、小沢君がらみの告発が受理されたことに対して疑問を投げかける声もあるのだ、マスメディアは一切取り上げないけど。

 さらにさらに、検察審査会の不起訴不当議決を受けて、再捜査の結果逮捕された、1974年に起きた甲山事件の例がある。結果、最高裁で無罪が確定したのが1999年。実に、25年にわたって裁判が続けられたわけだ。しかも、その間、何度も控訴審がありながら一度も有罪になっていない。遺族の気持ちはわかるが、本来なら問題は警察と検察の捜査そのものにあるわけで、いたずらに被告と被害者が裁判で争い続けなければいけなかったことにどれほどの意味があったのだろう。

 つまり、市民目線はけっこうだけど、甲山事件で不起訴不当の決議をした検察審査会のメンバーの責任はどうなるのだろう、という素朴な疑問がある。しかも、どこの誰かもわからないんだからね。被告にしたらたまったもんじゃないだろう。

 こうした検察審査会の問題点を深く考察しての論議ならいくらでもすべきだと思うが、今日の朝日の社説のように「小沢憎し」を正当化するために検察審査会を利用しようとする論議はまやかし以外の何ものでもない。

 小沢憎しで、小沢追い落としのためなら何でも賛成っていう朝日の見苦しさに辟易の日曜日。村木さんの冤罪の片棒を危うく担ぐところだった君たちに、裁判員制度や検察審査会について語る資格は断じてない。

【くろねこの競馬予想】

中山では、菊花賞トラアイアルのセントライト記念。フランス帰りの武豊がアロマカフェに騎乗。ここはチャンス。7月のラジオNIKKEI賞に勝って、猛暑の夏をお休み。ローテーションも好感がもてる。相手にはラジオNIKKEI賞2着で中山得意の上がり馬クォークスター。馬券はこの1点で。

阪神では、秋華賞トライアル、ローズステークス。牝馬3冠を狙うアパパネが出走。おそらく2着ははずさないと思うけど、穴にレディアルバローザ。アパパネがどんなレースを見せるかが焦点。

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