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2012年3月16日 (金)

原子力安全・保安院の悪行がまたひとつ・・・奴らを高く吊るせ!

 島田市のがれき受け入れに被災地の子供から感謝の手紙。それを美談仕立てで報道するマスメディア。やれやれ。島田市長ってとかく噂のある産廃業者なんだってね。なんだかなあ。

 ところで、朝日新聞がえらく読売巨人軍の契約金問題を糾弾しとります。なんで今頃って気がしないではないけど、これをリークしたのは「あの人」なんでしょうか。ようするに、日本のプロ野球はどこまで行っても親会社の宣伝媒体にしかすぎない「興行」なんですね。だから、コミッショナーなんかお飾りで、何でもありの世界です。で、その親玉が読売ってわけ。阪神なんか、「違法性はない」なんて早々と守りに入ってるし、コミッショナーも「現時点において、何らかの措置を取ることはありません」って責任放棄しちゃってるから、この先どうなるんでしょう。ま、メディアがプロ野球球団を持ったり、高校野球に深く関わってるうちは、何も改善されることはないでしょう。朝日だって、毎日だって、高校野球を食い物にしてるわけですからね。

 さて、原子力安全・保安院の悪行がまた曝露されちゃったね。国際基準にそった原発事故の際の防災重点区域の拡大を進めようとした原子力安全委員会に圧力かけて、つぶしちゃったってさ。おかげで、福島第一原発事故では多くの住民が被曝したわけで、ようするにしなくてもいい被曝させたのは、原発を監視すべき原子力安全・保安院だったってんだから、泣くに泣けない。圧力に屈した原子力安全委員会もロクなもんじゃない。

 こんなスットコドッコイな原子力村の悪行をほったらかしにして、まなおかつその元凶である原子力安全・保安院がお墨付き与えたストレステストの結果をもとに原発再稼動しようなんてのは、やっぱり狂ってます。都議会で、共産党の議員に、「放射能浴びたほうがいい」って野次った自民党のアホな都議がいたそうだが、原発推進を企む人々ってのは、そもそもが野蛮な人たちなんでしょうね。

 最後に、原発推進で晩節を汚した吉本隆明が亡くなった。なにはともあれ、「よしもとりゅうめい」に合掌。

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コメント

くろねこさん始めまして。野良猫かな、一匹猫かな、とにかくどの文章も的確で、目配りがいいので、これから応援するぞ。

「反原発」で猿になる ! (吉本隆明)を読んで 2012.3.15
「週刊新潮」2012.1.5-12のインタヴュー記事を読んで唖然とした。かつて、吉本隆明を自立の思想家として高く評価し、「試行」にも投稿した一人として、なんともやりきれない気持ちになった。
ここで開陳されている言い分はほとんど反駁するのも馬鹿ばかしい底のものだ。「考えてもみてください。自動車だって事故でなくなる人が大勢いますが、だからといって車を無くしてしまえという話にはならないでしょう」だって! こんな子供だましの理屈が通用すると思っているのか。また、核分裂による原子力発電と放射能によるレントゲン写真技術を並べて安全性を論じるなんて詭弁そのものだ。
吉本は科学技術の進歩への素朴な信仰にしがみついているに過ぎない。スリーマイル島・チェルノブイリ・福島という一連の大事故が当時の原発技術の先進国(米国、ソ連、日本)で起っていることを深刻に受け止める必要がある。しかも、これらは三十年そこそこの間に引き起こされたではないか。現在でも中小の原子炉事故は頻繁に報告されている。原発をめぐる議論の中心にある「恐怖感」について云々しているが、もっか国民の間に淀んでいる過度の放射線への恐れは、昨年の福島原子炉の深刻なメルトダウン(炉心溶融)事故による膨大な放射能の拡散と広範にわたる自然破壊・人体汚染という「歴然たる現実の脅威」のもたらした結果であることに目をふさいでいる。激しい爆発による発電所の災害の惨状は一連の写真で記録されているではないか。どこに目をつけているのだ。事故後一年の現在でも、爆発事故原因の究明も進まず、圧力容器の内部は放射線が高く危険なため手がつけられぬ状態である。吉本は未曽有の惨禍から何も学んでいない。「福島」原発の大惨事なぞまるでなかったかのようだ。
このインタヴューには、現実の脅威や惨状を直視する姿勢がいちじるしく欠落している。こうした現実感覚の鈍さは一貫しており、まさに恐るべきものだ。
事故を起こした発電所の中に現在も放置したままの、危険な使用済み核燃料はどこに運ぶのか、科学的にどう処理するのか。といった当面の技術的な方法や処置についても、ほとんど考慮する気配さえない。
その代わりに人類史的な観点からの原子科学の素晴らしさと優位性への賛美が繰り返される。「人類が積み上げてきた科学の成果を一度の事故で放棄していいのか」というわけだ。名にし負う理科系詩人吉本隆明、お得意の「原理的」な考察とやらである。こんな居丈高なご託宣に惑わされてはならない。むしろ、ここに思想家、批評家としての知的誠実さへの欠如を指摘せざるを得ない。おのれの知性が誰より優れているという思い上がりがある。批評家に不可欠な、自己に対する批判的な心構えが失われている。
 ここで、ある素粒子物理学者の文章を紹介しておこう。「核融合炉の誘致は危険で無駄」(小柴昌俊)「朝日新聞「論壇」2001.1,18」これは「物理学を学んできた」立場からの「核融合」(「二十一世紀の夢のエネルギー源」! )についての意見である。原子力や放射能に関心ある方は一読されたい。ここには知的誠実さがある。
最後に、原発論議の流れの中で、唐突に小林秀雄を担ぎだしたのには、あきれたというより、笑ってしまった。自立の思想家はどこへいった。虎の威を借りる狐さながらだ。思想家としてみずから墓穴を掘ったにひとしい。
 スリーマイル島・チェルノブイリ・福島の原発大事故から何一つ学ばぬ者はむしろ「猿にも劣る」というべきである。 
3.11には「東日本大震災市民のつどい」(東京・日比谷公園)に参加した。
「後記」この一文を書いた直後,思いがけず、吉本隆明の訃報を知った。  生前の吉本さんに見せたかった。合掌(3.20本文一部変更)

阿羅漢老人 船木裕

投稿: 阿羅漢 | 2012年4月 1日 (日) 15時16分

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