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2012年9月17日 (月)

「我々は『原発ゼロ』という選択をした。2030年代が終わるまでに原発をゼロにする。困難であるが故の選択だ」・・・「決められる政治」って言うなら、このくらいの決意表明はしなくちゃね。

 自民党のうつけ者が、毎日のようにメディア顔を出している。でも、みんな言ってること同じなんだね。これなら、5人まとまって演説会しても意味ないから、ひとりひとりが別の地域に出向いた方が効率的なんじゃないの。なんて、どうでもいいことを考えちまうほど、暇な連休である。

 ところで、性懲りもなくノダメ君は、「30年代にゼロにするという目標は堅持したい。それは目標だ」てなことをTVに出てまでぬかしている。ようするに「原発ゼロってのはただの努力目標なのよ」って言ってるだけなんだね、これが。で、「課題はいろいろある。例えば再生エネルギーがどこまで普及するか確たる見通しがあるわけではない。見通しについては、柔軟性と謙虚さを持たないといけない」(東京新聞より)なんてことも口にしている。しかし、よく考えてみれば、ていうかよく考えなくても、「確たる見通しがなくても、目標を立てた以上は、断固たる意志を持って推し進める」のが「決められる政治」ってやつなんじゃないの。

 その点、世界の指導者ってのは、言ったことはやる、っていう意志が明快だから、仮に努力目標だとしてもそこには政治家の言葉としての迫力がある。たとえば、「我々は月へ行くという選択をした。60年代が終わるまでに月へ行く。困難であるが故の選択だ」って大見得切った1961年5月のケネディの演説なんかはその典型だ。宇宙開発でソビエト(当時)に遅れをとっていることに地団駄踏んでいたアメリカ国民にとっては、身震いするほどの「強いメッセージ」だったはずなんだね。で、結局、その意志はケネディ暗殺後も受け継がれ、遂には月面着陸しちゃうわけです。

 これがですね、「月へ行くには課題はいろいろある。例えばロケットは全長90メートルにもなるから、完成に確たる見通しがあるわけではない。見通しについては柔軟性と謙虚さを持たないといけない」なんてこと言ってごらんなさい、おそらくケネディ暗殺後に月面着陸っていうミッションは凍結されてただろうね。もっと別の形で軍事ロケットの開発が進められたはずだ。ようは、後の政権すらも否定できないほどの「やる気」と「迫力」を見せること。であればこそ、「夢物語」を実現するために、「やる気」に魅せられて、様々な「英知」ってのが集まってくるものなのだ。

 1961年に「月へ行く」ってぶち上げることに比べれば、21世紀の今日、「原発ゼロ」なんてのは困難の度合いが違います。「やればできる」っていうモデルも、たとえばドイツのようにあるんだからね。

 「我々は『原発ゼロ』という選択をした。2030年代が終わるまでに原発をゼロにする。困難であるが故の選択だ」・・・これこそ、「決められる政治」の始まりだと思う今日この頃なのであった。

アメリカ合衆国大統領 J・F・ケネディの演説

我々は月へ行くという選択をした。
60年代が終わるまでに月へ行く。
困難であるが故の選択だ。
我々の漕ぎ出す海には得るべき新しい知識と勝ち得るべき権利がある。
人類の発展のため それらを手に入れねばならない。
我々は38万キロ彼方の月に向けて
ヒューストンからロケットを打ち上げる。
ロケットは全長90メートル余り、新しい合金で作られ、
かつて無い高熱と高圧に耐えられるものとなる。
精巧な時計より更に精密な技術を持って組み立てられ、
推進・誘導および生活に必要な全ての機材が組み込まれる。
未知の天体への未踏の飛行のために、
人類の歴史上最も危険で最も大規模なこの冒険に、
神のご加護があらんことを。

【くろねこの競馬予想】

 今週は変則開催のため、月曜も競馬があります。中山では菊花賞トライアルのセントライト記念。ダービー2着のフェノーメノ中心は間違いないだろうが、秋に本格化ということでカナロアとニューダイナステイに期待したい。距離も長いほうがよさそうだし、2200mはピッタリでしょう。馬券で勝負というよりは、じっくり見たいレースです。

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